世界中の美味しさを日本へ。新しい美味しさを食卓へ。

会社案内

会社の歩み

1924年 大正13年 徳島岩吉が徳島県出漁団として、長崎県五島で底曳漁業(1組2隻)を開始
1933年 昭和 8年 合資会社徳島漁業部を設立

昭和9年頃、福岡市北湊町108番地(中央区港町)にあった「徳島漁業部」の事務所昭和9年頃、福岡市北湊町108番地(中央区港町)にあった「徳島漁業部」の事務所


1934年 昭和 9年 漁業基地を福岡市に移転

昭和10年代 福岡港付近略図昭和10年代 福岡港付近略図


底引き漁船でにぎわう福岡港船だまり 昭和10年代底引き漁船でにぎわう福岡港船だまり 昭和10年代


1947年 昭和22年 徳島水産株式会社(資本金3千万円)を設立し、徳島岩吉が社長就任

福岡市北湊町108番地の2にあった会社設立時の本社、昭和21年5月に木造平屋建て(左側)で再建され、2階建てに増築、その後さらに右側の2階建てが新築された。福岡市北湊町108番地の2にあった会社設立時の本社、昭和21年5月に木造平屋建て(左側)で再建され、2階建てに増築、その後さらに右側の2階建てが新築された。


木鉄交造船、第二・第三徳広丸(昭和21年に三菱長崎造船所で進水)木鉄交造船、第二・第三徳広丸(昭和21年に三菱長崎造船所で進水)


昭和二十年代後半の福岡港 西公園から天神方面を見た風景昭和二十年代後半の福岡港 西公園から天神方面を見た風景


1948年 昭和23年 大阪営業所を開設
    水産物の加工(焼ちくわ)を開始
1949年 昭和24年 資本金を5千万円に増資
    韓国、中国が海洋主権を一方的に宣言し当社の船を含め漁船を捕獲(昭和30年頃まで続く)

韓国、中国は、一方的に海洋主権宣言を行い、日本漁船の捕獲を行った。特に中国は国交が断絶していて日中民間漁業協定締結によって解決 福岡市長浜岸壁に帰還した中国抑留の漁船員(昭和29年11月4日)韓国、中国は、一方的に海洋主権宣言を行い、日本漁船の捕獲を行った。特に中国は国交が断絶していて日中民間漁業協定締結によって解決 福岡市長浜岸壁に帰還した中国抑留の漁船員(昭和29年11月4日)


1950年 昭和25年 東京営業所(現:東京支社)を開設
1955年 昭和30年 徳島岩吉社長が、日中漁業交渉代表団員として訪中し、日中民間漁業協定成立

日中民間漁船協定交渉のため訪中した代表団 右端が徳島岩吉 昭和30年4月10日 中国北京・頤和園で日中民間漁船協定交渉のため訪中した代表団 右端が徳島岩吉 昭和30年4月10日 中国北京・頤和園で


1956年 昭和31年 マグロ延縄漁業開始しインド洋へ初出漁

昭和31年 神奈川県三崎港を根拠地として、大型遠洋漁業進出の第一船となった マグロ漁船 第一加喜丸(378トン)昭和31年 神奈川県三崎港を根拠地として、大型遠洋漁業進出の第一船となった マグロ漁船 第一加喜丸(378トン)


    資本金を1億円に増資
    水産加工工場が完成し、魚肉ハム・ソーセージの生産開始
1958年 昭和33年 ミートウインナー発売開始
1959年 昭和34年 徳島岩吉社長が死去。徳島喜太郎が社長に就任
1961年 昭和36年 缶詰生産開始
1964年 昭和39年 資本金を2億円に増資
1965年 昭和40年 ハム・ソーセージ日産25万本の食品工場完成

昭和40年完成の魚肉ハム、ソーセージの製造を行う新食品加工工場 当時としては近代的設備と生産規模を誇っていた。昭和40年完成の魚肉ハム、ソーセージの製造を行う新食品加工工場 当時としては近代的設備と生産規模を誇っていた。


    徳島喜太郎社長が日中民間漁業代表団長に選任され訪中し、日中民間漁業協定改定

昭和40年頃船上風景昭和40年頃船上風景


昭和40年頃船上風景昭和40年頃船上風景


昭和40年代の操業風景昭和40年代の操業風景


厳冬の東海漁場。激浪を突っ切って航走する第二徳広丸(99トン) このような荒れる海で操業を行っていた。(昭和41年2月)厳冬の東海漁場。激浪を突っ切って航走する第二徳広丸(99トン) このような荒れる海で操業を行っていた。(昭和41年2月)


1967年 昭和42年 資本金を3億円に増資
1968年 昭和43年 北洋トロール漁業開始

昭和43年1月完成 第2おりえんと丸(349トン) ベーリング海や北太平洋を漁場とする北洋トロールの第一船となった。昭和43年1月完成 第2おりえんと丸(349トン) ベーリング海や北太平洋を漁場とする北洋トロールの第一船となった。


1969年 昭和44年 チーズかまぼこの生産開始

昭和44年5月「1本で2つの味が楽しめる」のキャッチフレーズで登場した「チーズかまぼこ」 かまぼこの中に特注のサイコロ型チーズを混ぜ、当時としては珍しいカットテープ採用など、斬新なアイデアが消費者の注目を集めた。昭和44年5月「1本で2つの味が楽しめる」のキャッチフレーズで登場した「チーズかまぼこ」 かまぼこの中に特注のサイコロ型チーズを混ぜ、当時としては珍しいカットテープ採用など、斬新なアイデアが消費者の注目を集めた。


    社名を 徳水株式会社 に変更

社名変更の新聞広告


1970年 昭和45年 資本金を4億円に増資
1974年 昭和49年 インドネシアにエビトロール漁業の合弁会社 P.T. DWI BINA UTAMA を設立
1975年 昭和50年 貿易事業を開始
    トクスイフーズ (株) 設立
    徳島喜太郎社長を日本側代表団の団長として訪中し、日中政府間漁業協定に調印

調印後、議定書を取り交わし握手をする日中両国代表。左側が日本側代表の徳島喜太郎。調印後、議定書を取り交わし握手をする日中両国代表。左側が日本側代表の徳島喜太郎。


日中政府間漁業協定に基づく議定書に調印する日本側代表 徳島喜太郎日中漁業協議会会長(左)と中国側代表鮑光宗中国漁業協会副会長(右) 昭和50年9月22日 中国・北京飯店にて日中政府間漁業協定に基づく議定書に調印する日本側代表 徳島喜太郎日中漁業協議会会長(左)と中国側代表鮑光宗中国漁業協会副会長(右)
昭和50年9月22日 中国・北京飯店にて


日中政府間漁業協定締結促進のため訪中、華国鋒中国国務院副首相(右から2人目)と会見する徳島喜太郎漁業友好訪中団長(中央右側) この時の訪中団12名は、中国漁業協会からの招請であった 昭和50年1月 北京人民大会堂にて日中政府間漁業協定締結促進のため訪中、華国鋒中国国務院副首相(右から2人目)と会見する徳島喜太郎漁業友好訪中団長(中央右側)
この時の訪中団12名は、中国漁業協会からの招請であった 昭和50年1月 北京人民大会堂にて


1976年 昭和51年 (株)徳商 設立
1977年 昭和52年 米ソ、200カイリ水域実施し、200カイリ時代に入る
1979年 昭和54年 インドネシアにエビ加工の合弁会社 P.T. MITRA KARTIKA SEJATI を設立
1984年 昭和59年 北洋トロール漁業から撤退
1987年 昭和62年 外食事業に進出
1988年 昭和63年 徳島喜太郎社長が会長に、徳島千穎専務が社長に就任
1990年 平成 2年 アメリカ・シアトルに TOKUSUI CORPORATION OF AMERICA を設立
    ORCA BAY FOODS, INC.(水産食品加工販売)を買収
1991年 平成 3年 (株)活魚磯良樹 を設立。活魚事業を開始
1992年 平成 4年 海渡(株)(水産食品販売)を買収する
1993年 平成 5年 海渡(株)を社名変更し、(株)東北トクスイとして営業開始
    以西底曳網漁業から撤退
1995年 平成 6年 マグロ延縄漁業から撤退
1997年 平成 9年 社名を 株式会社トクスイコーポレーション に変更
    江戸前寿司「寿司岩」6店を買収し、(株)築地寿司岩 を設立
1998年 平成10年 新本社ビル完成

本社ビル竣工時本社ビル竣工時

    福岡物流センタービル完成

福岡物流ビル福岡物流センタービル

2001年 平成13年 新 東京支社ビル完成

新 東京支社ビル新 東京支社ビル

2009年 平成 21年 (株)トクスイコーポレーションと(株)徳商が事業統合する
2009年 平成 21年 ㈱クローバーシステムズ(システム開発会社)を買収する
2010年 平成22年 徳島建征副社長が社長に就任