漕ぎだそう、
まだ見ぬ海へ
私たちの歴史は、日和佐という徳島の
小さな漁村からはじまりました
“おいしい魚をもっと” 地元の皆と
沖へと漕ぎだす日々
ある日、辿り着いたのは九州の最西の島、
五島列島
その先には誰も見たことのない
素晴らしい漁場がひろがっていました
日本近代漁業の幕開け、
以西底引網漁漁業から100年
あたらしい“おいしさ”を、世界から
- Mission 私たちの使命
- 時代の波を乗り越え、
食べるしあわせを運び続ける - Vision 私たちの目指す姿
- あたらしい“おいしさ”を、
世界から

Spirit
大切にしていること
100-YEAR
VENTURE SPIRIT
あらためて創業の精神を振り返る
- NOから⼊らず、やってみる。
- 現場・現物・現実を観る。
- ⾃ら学び、試す。
- 失敗しても活かす。
- 相⼿の⽴場に⽴つ。
- チームで助け合う。
- いつも謙虚に、誠実に。
時代の波を乗り越え、
食べるしあわせを運び続ける
漁業からスタートしたトクスイは、祖業の枠にとどまることなく、国内外への事業投資に挑み続け、事業の多角化を推進してきました。現在、国内で水産、食品、建材、電機、不動産、システム開発の事業を。海外では、インドネシアで水産事業、アメリカとシンガポールで投資事業を展開。コングロマリット型の企業グループとして発展を続けています。
- 徳島岩吉、徳島県日和佐村(現 美波町)より『徳島県九州出漁団』の一員として冨永儀一郎(現 福岡倉庫・運輸グループのルーツ)所有の延縄船『富永蛭子丸』にて長崎県五島列島玉之浦へ出漁
- 徳島岩吉、林兼商店(現マルハニチロホールディングス)による以西底引網漁業者向けの起業支援制度を活用し、 底引船『第一・第二徳島蛭子丸』を新造し独立する <創業>
- 合資会社徳島漁業部を設立
- 福岡市議会において「福岡漁港設置及び徳島県九州出漁団誘致に関する建議議案」が可決。西公園麓、旧「波奈の港」が福岡船溜として整備され、五島・玉之浦より同郷の漁業団と共に福岡市に移住
- 戦時統制により、北部九州の個人船主達とともに『丸徳漁業団』(後に丸徳海洋漁業株式会社)として徴収・組織される
- 福岡大空襲、港周辺全焼。終戦
- 復興開始。徳島水産株式会社設立、徳島岩吉が初代社長に就任
現株式会社トクスイコーポレーションを設立 - 大阪営業所を開設
水産物の加工(焼ちくわ)を開始 - 東京営業所を開設
西田漁網船具株式会社(現オリエント産業株式会社)を設立 - 日中民間漁業協定成立(徳島岩吉、日中漁業交渉代表団員として訪中)
- 九州無線電機株式会社(現オリエント電機株式会社)を設立
- 徳島岩吉社長が逝去。徳島喜太郎、社長就任
- 缶詰生産開始
- 北洋トロール漁業開始
- チーズかまぼこの生産開始 (日本初)
社名を 徳水株式会社 に変更 - インドネシアにエビトロール漁業の合弁会社 PT.Dwi Bina Utamaを設立
- 日中政府間漁業協定に調印(徳島喜太郎、日本側代表団の団長)
トクスイフーズ株式会社設立(業務用食材卸)
貿易事業を開始 - 外食事業に進出(ピザレストラン・宅配事業)
- 米ワシントン州、シアトルにて『Tokusui Corporation of America』設立し、Orca Bay Seafoods(水産加工食品製造・販売)を買収
- 株式会社活魚磯良樹を設立(活魚事業)
- 海渡株式会社(水産加工食品製造・販売)を買収
- 海渡株式会社を社名変更し、株式会社東北トクスイとして営業開始
創業事業である以西底曳網漁業から撤退 - マグロ延縄漁業から撤退
社名を 株式会社トクスイコーポレーション に変更 - インドネシアに自社工場PT.Toxindo Primaを設立
株式会社 壽司岩と資本・業務提携。江戸前寿司「築地寿司岩」総本店を含む一部店舗を買収し、株式会社 築地寿司岩 を設立 - 株式会社クローバーシステムズ(システム開発)を買収
- シンガポールにTokusui Investments Singaporeを設立(金融、事業開発)
- 株式会社岩田産業グループホールディングスと九州エリアにおける外食・中食向け事業において業務提携